室町時代中期に小野寺忠道が稲庭からここに本拠地を移し、戦国時代末期には小野寺景道が隠居したと伝えられています。その吉田城は、方100メートルほど の平城で、城跡の西側を大戸川、東側には堰が北に向かって流れて、東西南北に土塁がめぐり、その4つの隅には物見櫓を配したものとなっています。
昭和55年12月11日 秋田県指定史跡に指定


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